投稿:「トイレの困った」問題 1

  トイレの困った!の一番は、急な下痢を催したときにすぐ近くにトイレがないことである。
 別に下痢でなくても、朝、家を出るときに忙しくて、たとえば電話などに応対してて、通常の排泄が間に合わず、電車に乗ったのはいいが、途中でやはり通常の生理活動がはじまったときである。
 車両内に便所がある場合は安心であるが、探して隣の車両に移っても見つからず、見つかっても使用中の赤いマークが扉にあらわれているときは、慌てる。そうだ、次の駅のあそこにはあまり綺麗でもないが、和式のトイレがあったはずだ、次で降りてそこですますことにしようと考える。
 でも、次の瞬間、それではひと列車遅れて遅刻するかもしれない。今日は、遅刻できない役目があった。どうしたものか、と生理的欲求と社会的な役割との間でジレンマに身をよじることになる。困る。

 

 だから、各車両に余裕をもってトイレを設置してほしいと、利用客としては要望する。

 都心部の電車の分刻みの発着があるところでは、次の駅で降りて用をすませて、ひとつ遅らせても問題がないかもしれない。それで各車両に余分のトイレブースは不要かもしれない。ローカル線の場合は、客も少なくてトイレが利用中であるというのも、そう多くなく、設置者としては、トイレ増は、申し出があっても退けるだろう。

 利用者にしても、困った瞬間には、トイレがもっとほしい、安心して利用できる環境がほしいと切実に願うが、喉元ならぬ肛門を過ぎてしまえば、苦痛を忘れて、そうそう強く主張しないようになる。それで、まあまあ平穏な日々が続くことになる。

 

 とまあ、これで終われば、「トイレの困った」問題は、「よかった、よかった」なのだが、そうはいかないだろう。

1,トイレの利用者がぶつかり抱える問題。

2,施設管理者が、トイレ利用者に対して提供することから生まれる問題。

3,そして、それらにトイレ従事者として携わる設備・衛生・水処理の関係者が解決しようとする問題。

 

 ほぼ全員がぶつかること、一部限定で責任が生まれる問題、最後に専門家として抱えることになる問題など次元はちがってくるが、深淵を覗くのが恐くなるような「トイレの困った」問題がありそうな予感がする。専門家と言われる人も、分業化していて、実は隣の分野ではほとんど一般利用者と変わらない。水処理業者の私は、トイレブースの洋式便器の高さの適正について聞かれて、答えられずに窮したことがある。

 ちょっとまあ、いつもの電車から別の線へ乗り換え、どこかへ旅立つように、常日頃は無視していることがらについて、記憶を呼び起こしながら、あるいは未知の問題を調べながら、さらには、多くの人の経験と意見を聞き、衆知を集めながら、「トイレの困った」問題を考えてみたい。

(投稿:八木二郎)。


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(有)あったか村 水環境 嶺井

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